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画家の描いた風景を訪ねて その4 〜 ゴッホ 〜 [プロヴァンス地方]

 シリーズの四回目は、ゴッホ。南仏アルルを訪ねます。

 

Paris_Arles.jpgVincentVanGoghFoto

 18歳のゴッホ       

  

 ゴッホは、アルルに滞在する前の1886年から約2年ほどパリに暮らします。

 

 折しもパリの画壇は印象派から新印象派へと変化しつつありました。

 

 弟テオを通じて、その中心的な役割を果たしていた画家たちと知り合い(その中の一人がゴーギャン)、自身の作品も大きく変化させていきます。

 

 また日本の版画の影響を受けたのもこのころでした。そして、しだいに光りと色にあふれるあこがれの南仏へと目を向けて行きます。

 

 また、パリ滞在中に覚えたのがあのお酒アブサン。精神的に疲労したゴッホは、1888年2月、パリを発ってアルルに向かいます。35歳の時のことでした。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2011年6月30日放送)

 

vangoghTV.jpg

 

 ゴッホがアルルに滞在したのは1年半足らずですが、200点以上もの作品を残しています。この中にはあのヒマワリも含まれています。

 

 パリを出発した翌日アルルに到着したゴッホは、いくつか宿を変えたのち、その年の9月、作品にも描かれているメゾン・ジョーンヌ(Maison Jaune)(「黄色い家」の意味)に居を定めます。

 

 残念ながら現在この建物は残っていません。1944年の空襲で破壊されてしまいました。観光用の看板だけが、かつてここに家があったことを教えてくれます。

 

 町の路地を歩けば、当時のゴッホのアルルを知ることができます。ゴッホは大きな建築物には目もくれず、公園やカフェなどを描きました。

 

 公園はかつては4つあったそうですが、今では一つだけになってしまいました。また、カフェは、かつてはCafé de Forumと言っていたのを改名してCafé van Goghになり、ゴッホ風に色を塗り替えたそうです。しかし、ここで毎晩飲んだくれていたのはゴッホではなくゴーギャンだったそうです。

 

 ゴーギャンがアルルにやってきたのは1988年10月のこと。二人は一緒に創作活動を始めますが、しだいに口論することが多くなります。ゴッホは弟や友人に宛てた手紙の中で、その頃の自身の不安定な精神状態を書き綴っているそうです。口論はしだいにエスカレートしていき、やがて同年12月に起きたあの事件へと発展します。

 

 映像の中で、学校の先生らしき女性が子供たちに話していたように、通説では、ゴッホが剃刀でゴーギャンを脅したため、ゴーギャンは逃げ、一人になったゴッホはその剃刀で自身の耳を切り落とし、それを娼婦に贈ったとされていますが、これはゴーギャンの証言に基づいたもので、最近になって新説が登場しました。

 

 2008年にドイツで出版された書籍によれば、大げんかの真最中にゴッホの耳を切り落としたのはゴーギャンで、自分の無実を証明するために話を作り替えたのではとしています。

 

 真実は霧の中。二人だけにしかわかりません。

 

 翌日、手当を受けた病院でゴッホはあの包帯を巻いた自画像を描いています。弟のテオが心配して見舞いにかけつけますが、二日後、ゴーギャンを連れてパリに戻って行きました。

 

 この頃、近隣の住人30人ほどから、ゴッホの常軌を逸した行動に苦情が寄せられており、その書面が区役所に残されているそうです。

 

 1889年5月、ゴッホはアルルの住まいを引き払い、サン=レミ=ド=プロヴァンス近くの村にある精神病院に入院します。その間も精力的に絵を描き続け、たくさんの作品を残しています。

 

 ゴッホの人気にあやかってか、アルルには1960年代頃から年間数万人もの観光客が訪れるそうです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、精神科医として働き始めて6年になりますが、新しい患者がやってきたので職業を聞いたら、『あなたと同じです』と言う。いやあ、初めての経験で驚きました」

 

VDM (Vie de merde)より



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コメント 6

島酔潜人

この自画像ってオルセーの?
風景画や静物画も好きなのですが、この自画像だけは釘付けになるくらい怖い思いがしました。なんか迫ってくるものを感じます。
私が、"Soup de poisson" に目覚めたのがアルルの小さなレストランでした。 あの闘牛場の上から眺める町並みと川が気に入りました。
スープが食べたくて、数年後また訪れました... もう十年以上前の話ですが.. また行きたいです。
by 島酔潜人 (2011-07-06 22:59) 

orange

細い道に続く糸杉の並木を通り抜けた時に「あっ!」と思いました。
跳ね橋も見に行きましたよ。アルルの街の広場で聞いたサキソフォンの音と香辛料の香りを今でも時々思い出します。
乾ききった空気に暑い風が吹いていました。
by orange (2011-07-07 01:30) 

carotte

島酔潜人さん
オルセー所蔵の自画像です。1889年制作ですから、亡くなる1年ほど前ですね。異様な迫力を感じます。もう少し前に制作された自画像ですが、私も本物を観たときはやっぱりしばらく見とれてしまいました。
soupe de possionとの出会いはアルルだったんですね。ゴッホとは別に町自体が魅力的ですよね。私は夏と冬の2回行きました。
by carotte (2011-07-07 15:21) 

carotte

orangeさん
跳ね橋は市街地からちょっと離れたところにありますね。
アルルは町の作りがいいですね。廃墟になった野外劇場の跡や闘牛場など見どころもいっぱいあります。何度行っても楽しい町です。
by carotte (2011-07-07 15:28) 

opas10

絵に描かれた風景が100年以上も残っているところが欧州らしくていいですね。日本だと再開発だの公共工事だので絶対にこうはいきませんので・・・・・。
by opas10 (2011-07-10 11:48) 

carotte

opas10さん
最近は少し違ってきたとは言え、日本はどうしても街の景観を守るという考え方になりにくいですね。再開発も古い物の美しさを残しつつやってくれれば文句はないんですけど、そうはならないですからねえ。
by carotte (2011-07-10 18:07) 

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