偉人の暮らした家 前編 〜モーリス・ラヴェル〜 [イル=ドゥ=フランス地方]
「ボレロ」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」などの作曲家として知られるモーリス・ラヴェル(1875ー1937年)は、1937年に亡くなるまでの16年間を、パリ郊外にあるモンフォール=ラモリの家ですごしました。
村の人口は3000人ほど。パリのモンパルナス駅からRER-N線に乗れば約35分で村に到着します。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2011年11月21日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
この家に付けられた名前がベルヴェデール(Belvédère)(見晴し台)。
ランブイエの森のはずれに建つこの家からは、その名の通り、美しい風景が見渡せます。
ラヴェルは1921年にこの家を購入して以来、ここで一人で暮らしていました。
部屋のあちこちに、旅行で購入したものや、古物商から手に入れた品々が飾られています。
歴史家のクロードさんによれば、ラヴェルは森へよく散歩にでかけていたそうです。
そして、1921年以降、作曲の仕事に集中したのもこの家でした。ここで80曲もの作品を完成させたそうです。
中でも有名なのがオペラ「子供と魔法」と「ボレロ」。
浴室も仕事部屋もコンパクトに作られており、こだわりの小物があちこちに置いてあります。
詩人のレオン=ポール・ファルグは、この家のことを「びっくり箱」や「船室」と評したそうです。
ラヴェルにはちょっとかわったアンティークの小物を集める趣味があったようです。
一人暮らしだったとは言え、ヒューマニストのラヴェルは様々な人たちとの付き合いがあり、この家には多くの友人たちが訪れていたそうです。
そして、小さな書斎にはシャトーブリアンなどお気に入りの作家の本が並んでいます。
特に詩人エヴァリスト・ドゥ・パルニの作品への傾倒には並々ならぬものがあり、何度も丹念に読んでいたとか。
また、ここではバスク地方の生まれ故郷シブールの風景を思い出していたそうです。
ジャズの影響を受けたのもこの時期でした。
1922年から5年の歳月をかけて作られたヴァイオリンソナタの第二楽章ブルースはジャズ思わせる曲調になっています。
そして、1937年の良く晴れた日に、この家の寝室でラヴェルは息を引き取ったそうです。
現在ここは博物館になっており、一般に公開されています。入館料7.30ユーロ。ガイド付きの見学のみで、土日の10時、11時、14時半、15時半、16時半の5回。要予約。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、ピアノのレッスンが終わったので父が迎えに来た。私が上達したと先生が言うと父が言った。『月謝を払ってますからねえ。そう言わざるを得んでしょうな』」
VDM (Vie de merde)より
ラヴェルの「ボレロ」というと、大学生の頃に見た、この曲をテーマにしたクロード・ルルーシュの映画を思い出します。グレン・ミラー、カラヤン、ルドルフ・ヌレエフの3人をモデルにしたもので、ジョルジュ・ドンのダンスとボレロの盛り上がりが見事にシンクロしたラストシーンはいまだにアタマに焼き付いています。
by opas10 (2011-12-04 16:24)
opas10さん
あのラストシーンは印象に残りますね。「ボレロ」が一般に広く知れ渡ったきっかけはこの映画だったような気がします。今では某テレビ局のフィギュアスケートのテーマ曲にもなってしまいました。個人的には弦楽四重奏曲がいちばん好きです。
by carotte (2011-12-04 19:12)