世界の名ホテル その2 [その他の国]
シリーズの二回目は、ドイツのベルリンに向かいます。
今回訪ねるのはブランデンブルク門のすぐそばにあるホテル・アドロン(Hotel Adlon)です。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2016年10月4日に放送)(▸をクリックしても映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)
映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。
取材班が撮影を始めた日の午後、ホテルの玄関口では慌ただしくレッドカーベットが敷かれています。
「赤絨毯は正確に敷かれていなくてはなりません」とホテルの方。
最後に支配人がチェックします。
「我々に間違は許されないんです。特にセキュリティの問題がありますからね。分刻みで状況を把握する必要があるんです」と支配人。
なんだか緊張感が漂います。それもそのはず、厳重警戒の中、国旗をはためかせた黒塗りの乗用車がホテルに横付けされました。
降りてきたのはポーランドの大統領。今夜はこのホテルに宿泊することになっています。
要人がよくお泊りになるお部屋がこちら。近代的なインテリアでまとめてあります。一泊20,000ユーロ。
リビングの隣が書斎。その奥が寝室です。大きなベッド。キングサイズですね。
「この大きなベッドがお客様に好評なんです」と係員。
さらに奥にはもう一つ寝室があります。こちらはボディガード用。
窓からはあのブランデンブルク門が見えます。ベルリンの中でも最も美しい場所の一つです。
「この部屋はセキュリティにも気を使っています。この窓ガラスは防弾です」
このホテルを利用するのは各国の首脳だけではありません。この方もお泊りになりました。そして、マイケル・ジャクソンも。
問題になったこの映像、このホテルでのことだったんですね。
ホテル・アドロンはベルリンと運命を共にしてきました。
ベルリンの歴史に詳しい方がホテルの屋上に案内してくれました。遠くに見えるのは国会議事堂のドームでしょうか?
「ここは街の中心部にあたります。1907年に作られてからずっとベルリンの歴史と共に歩んできました」
ホテル・アドロンができたきっかけは、時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世がこの場所に賓客をもてなす施設を所望したことでした。
これを受けて、皇帝の友人だったLorenz Adlonが建てたのがこのホテルでした。
これはどう見ても豪華な宮殿のようです。
第一次世界大戦が終わり、皆が平和を満喫していた時代にはこの賑わいでした。
そして、チャッップリンとマレーネ・ディートリッヒが出会ったのもこのホテルでした。
「会議であれ恋愛であれ、このホテルの中で起きたことは決して外に漏れることはありませんでした。それがオーナーの基本的な考え方だったのです」
やがてナチが支配した時代がやってきます。そして世界は第二次世界大戦へと向かうことになります。
1945年、ホテルは火災で破壊されてしまいました。
再建されたのはベルリンの壁崩壊後のことでした。外観は以前と全く同じに再建されています。
ホテルと言えばきになるのが食事。美味しい料理は食べられるのでしょうか?
ここはホテルの厨房です。ベルリンはグルメの街とは言えませんが、ここのレストランだけは別。
「昔の味を守りながらも新しい料理を追求していくというのが僕の方針です」とシェフ。
そのシェフが作る料理をお客様に食べていただくのがこのテーブルです。
「すべてが料理と調和するようにテーブルを準備します」と給仕係。
このテーブルに座るべきお客様がホテルに到着しました。
とある企業の社長さんです。このホテルをよく利用するそうです。従業員とも顔なじみ。
「自宅に戻ってきたような気がします。ホテルの皆んなが私のことを知ってますし、私も彼らのことはよく知っています」
20世紀ドイツの歴史の荒波をくぐりぬけてきたホテル・アドロン。現在の正式名称はHotel Adlon Kempinskiです
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、母が “つまらない邪魔な石ころ” を捨ててしまった。その石ころは、壊れたベルリンの壁の一部で、祖父から譲り受け、大切にとっておいたものだったのに・・・」
VDM (Vie de merde)より
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