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シャルル=ド=ゴール空港 [イル=ドゥ=フランス地方]

 日本からフランスに旅行に行けば、必ずお世話になるのがシャルル=ド=ゴール空港。


 今月13日で40周年を迎えたそうです。

Paris_CDG.jpg

 

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2014年3月13日に放送)

映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが問題のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。




 1974年3月13日に開港したシャルル=ド=ゴール空港。


 空港が出来る前、そこは広大な原っぱでした。


 着工から7年の歳月を経て完成したのがこのカマンベール型のターミナルです。


 その設計者が、当時、アヴァンギャルド派で知られていたポール・アンドリューさん。


 「円形の中に飛行機が収まるように作りました。できるだけすべてのものが円の中に集約できるようにしたのです」


 宇宙空間の中にできたようなこの通路。当時は斬新なデザインで、テーマパークのようでした。


 最初の到着便はニューヨークからの飛行機だったそうです。


 40年後の現在、一日1200機もの飛行機が発着するメガ空港になりました。


 このチューブの通路は年間800万人が利用しているそうです。


 「私はちょっと閉所恐怖症になりそうです」と女性。


 「外国からやって来た人たちにとってはちょっと愉快な場所なんじゃないかと思いますね」と男性。


 空港の発着便は毎年増え続け、拡大を余儀なくされます。


 1980年代初頭には同じ敷地に第2ターミナルが建設されました。


 それから約5年毎に規模は拡大していき、現在全長2キロにも及ぶターミナルになっています。


 設計は同じポール・アンドリュー。


 昨年には新しい出発ロビーも完成しました。


 「この通路は、ちょうどシャンゼリゼ通りの半分くらいの距離です」とここを設計した建築家のフランソワさん。


 空港の利用客は4年前の倍に増えているとか。ここはちょっとした街のようなものです。


 「パリの街角がそっくりそのままここに出来ている感じです」とフランソワさん。


 昨年の利用客は6200万人。毎年300万人が増えている勘定になります。


 更なる拡大のためにすでに土地は確保されているとか。


 最初は円形のターミナル、次はヘビのように長いターミナル。今度はいったいどんな風に拡大するのでしょう?

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

「今日、スーツケースに荷物を詰めて空港に向かった。空港でX線スキャンを受けた時、うちのネコが一緒にスーツケースに納まっていたことが発覚・・・」

 

VDM (Vie de merde)より



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ル・ノートルの大きな庭 [イル=ドゥ=フランス地方]

 ル・ノートルの小さな庭を見た後は、やはり大きな庭も見ておきましょう。


 パリから車で一時間ほどのところにあるヴォ=ル=ヴィコント城(Vaux-le-Vicomte)。


 ベルサイユ宮殿に先立つこと20年。ルイ14世の時代に財務大臣を務めたニコラ・フーケが建てた城です。


 この城の庭を担当したのがル・ノートル。


Paris_vauxlevicomte.jpg

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年6月14日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら




 広大な庭にふさわしい音楽と光のエンタテインメントショー。


 フーケがこの城の完成を祝って国王を招待した時もこんな風にショーが繰り広げられたのかもしれません。


 その庭も、地道に手入れをする人たちがいればこそです。


 幾何学模様のフランス式庭園は維持するのに手がかかります。図面を見ながらの庭作りです。


 編み物の図面のように一目一目に番号がふってあり、その番号の花を植えて行きます。


 ヴォ=ル=ヴィコントの庭はル・ノートルの最初の作品です。


 こういう広大な庭は上から眺めるのが一番ですね。


 「フーケがこの土地を購入したときは、小さなお城や農場、風車などが建っていました。ここに自分のお城をたてることに決めたフーケは、全部を壊して平地にしたのです。言わば、白紙の状態にして建築家と造園家にまかせたのです」


 一階の大広間を抜けると、目の前に広大な庭が広がっています。


 お城の建物から四角い池までは500メートルも離れていますが、池の水面に建物が映っています。これもル・ノートルの計算だったのでしょうか?


 高低差を巧みに利用した水路を通って水の吹きでる噴水。現在20個ある池は、かつては36もあったそうです。


 そしてあちこちにある彫像は18世紀から19世紀にかけて設置されました。


 ここでは、夜になると建設当時の頃のようにロウソクの炎でライトアップするようです。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、何年も前から庭に起きっぱなしになっていた古いベンチのペンキを塗り直した。作業が終わった頃にはへとへとになり、おもわずベンチに腰掛けてしまった」

 

VDM (Vie de merde)より




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フランスで活躍する日本人 [イル=ドゥ=フランス地方]

 パリの星付きレストランが欲しがる一個60ユーロのメロン。


 作っているのは日本人。とは言っても、栽培地は日本ではありません。


 ヴェルサイユから25キロほどのところにある村シャペ(Chapet)。作っているものもメロンだけではありません。


Paris_Chapet.jpg

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。



 山下さんは24年前にシャペにやってきました。


 初めは盆栽を販売していましたが、日本料理店からの依頼に応えて日本の野菜を作り始めます。


 トウガラシ、ミニトマト、きゅうり、トウモロコシなど、ありふれた野菜ですが、問題はその洗練されたお味。


 「フランスのトウモロコシとはちょっと違います。このまま生で食べられますよ。ジューシーですし糖分も高く、皮が薄いですからねえ」


 アーモンドの味がするインゲン、みずみずしく甘みがあってまるで果物のようなカブ。


 これをパリの星付きレストランが見逃すわけはありません。一個60ユーロもするメロンも同様です。


 普通に栽培していてはこれだけの味を保つことはできません。


 「毎朝、欠かさず、それぞれの野菜の生育を一つずつ確かめます」


 3500㎡ほどしかない菜園で作られる野菜や果物は、トゥール・ダルジャン(Tour d'Argent)、サンク(Cinq)(ホテルジョルジュⅤのレストラン)など、パリの6つの高級レストランに出荷されます。


 この日、山下さんが納品したのは16区にある三つ星レストランAstrance。


 「新鮮さと味がいいですね。野菜は重要な食材ですから、良いものを手に入れたいんですよ」とシェフのパスカル・バルボ(Pascal Barbot)さん。


 こうして出来たのが、今朝収穫したばかりのブロッコリーの葉とトウモロコシにカカオの実をおろしてかけたという一皿。


 300ユーロ(約30,000円)の定食の一品として出されるそうです。


 さすがに三つ星レストラン。定食も一桁違いますねえ。


 山下さんの野菜についてこう言っているシェフもいるそうです。


 「白トリュフなら誰でも手に入れられるけど、山下さんの野菜は6つのレストランだけですよ」

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 


 

「今日、そして頻繁に、私は野菜のグラタンを作ります。その度に、野菜嫌いの息子がこう言います。『ママには愛がない』」

 

VDM (Vie de merde)より



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偉人の暮らした家 前編 〜モーリス・ラヴェル〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 「ボレロ」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」などの作曲家として知られるモーリス・ラヴェル(1875ー1937年)は、1937年に亡くなるまでの16年間を、パリ郊外にあるモンフォール=ラモリの家ですごしました。

 

 村の人口は3000人ほど。パリのモンパルナス駅からRER-N線に乗れば約35分で村に到着します。

Paris_Monfort.jpg


 下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2011年11月21日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら



 この家に付けられた名前がベルヴェデール(Belvédère)(見晴し台)。

 ランブイエの森のはずれに建つこの家からは、その名の通り、美しい風景が見渡せます。

 ラヴェルは1921年にこの家を購入して以来、ここで一人で暮らしていました。

 部屋のあちこちに、旅行で購入したものや、古物商から手に入れた品々が飾られています。

 歴史家のクロードさんによれば、ラヴェルは森へよく散歩にでかけていたそうです。

 そして、1921年以降、作曲の仕事に集中したのもこの家でした。ここで80曲もの作品を完成させたそうです。

 中でも有名なのがオペラ「子供と魔法」と「ボレロ」。

 浴室も仕事部屋もコンパクトに作られており、こだわりの小物があちこちに置いてあります。

 詩人のレオン=ポール・ファルグは、この家のことを「びっくり箱」や「船室」と評したそうです。

 ラヴェルにはちょっとかわったアンティークの小物を集める趣味があったようです。

 一人暮らしだったとは言え、ヒューマニストのラヴェルは様々な人たちとの付き合いがあり、この家には多くの友人たちが訪れていたそうです。

 そして、小さな書斎にはシャトーブリアンなどお気に入りの作家の本が並んでいます。

 特に詩人エヴァリスト・ドゥ・パルニの作品への傾倒には並々ならぬものがあり、何度も丹念に読んでいたとか。

 また、ここではバスク地方の生まれ故郷シブールの風景を思い出していたそうです。

 ジャズの影響を受けたのもこの時期でした。

 1922年から5年の歳月をかけて作られたヴァイオリンソナタの第二楽章ブルースはジャズ思わせる曲調になっています。

 そして、1937年の良く晴れた日に、この家の寝室でラヴェルは息を引き取ったそうです。

 現在ここは博物館になっており、一般に公開されています。入館料7.30ユーロ。ガイド付きの見学のみで、土日の10時、11時、14時半、15時半、16時半の5回。要予約。




******** フランス人のつぶやき *******


「今日、ピアノのレッスンが終わったので父が迎えに来た。私が上達したと先生が言うと父が言った。『月謝を払ってますからねえ。そう言わざるを得んでしょうな』」


VDM (Vie de merde)より



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パリ近郊の小さな村 その5 〜 アーティストの村 〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 シリーズの最後は、フォンテーヌブローからさらに西へ移動したガティネ地方と呼ばれる地域にある2つの村を訪ねます。

 

France_IledeFrance.jpg

 

下記地図の紫色の印のあるところです。

 

より大きな地図で パリ近郊の小さな村 を表示

 広大な麦畑のそばを流れるエコール川。この川沿いにある村の一つがスワジ=シュル=エコール村(Soisy-sur-École)です。人口は1,300人ほど。

 

 狭い通りに砂岩で作られた家が並んでいます。ガラス工芸が村の産業の一つです。

 

 この近くのフォンテーヌブローで取れる高純度の砂がガラス工芸に適しているのだそうです。この村の工房では若い職人が活躍しています。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(2011年5月20日放送)

 

GatinaisTV.jpg

 

 ガラス工房Verrerie d'Artは、1978年に設立されました。しかし、そのルーツをさかのぼると、1475年にすでにこの地にあったガラス工房La-Rochèreに行き着くそうですから、500年以上の歴史をもつ工房ということになります。

 

 責任者のマリー=アリスさんは、パリからも近いのでアトリエに来てもらうのに便利だし、それでいて田舎の味わいがあり、小さいながらも美しい村なのでこの地を選んだとおっしゃっていました。

 

 この村からエコール川沿いに南に5キロほど下ったところには、広大な庭を持つクランス城(Château de Courances)(上記地図の紫色のピン)があります。

 

 城は17世紀に建てられ、18世紀に現在のようなスタイルになったそうです。そして、広大な庭はフランスで最も美しい庭の一つと考えられています。

 

 ルネッサンス様式の美しい城をあとにして、さらに、川沿いに7キロほど南下すると、ミイ=ラ=フォレ村に到着です。

 

 目を引くのは、木造の屋根を持つ市場。1479年に作られたそうです。

 

 村の人口は4,700人ほど。ここにはクリスチャン・ディオールが住んでいたことがあるそうです。そして、ジャン・コクトーが晩年の16年をすごした村としても知られています。

 

 コクトーが住んでいた建物は、現在、記念館Maison Cocteauになっています。

 

 コクトーは1963年、友人のエディット・ピアフの死を知らされた直後に心臓発作で亡くなります。彼の亡骸は、この村のサン=ブレーズ=デ=サンプル礼拝堂(Chapelle Saint-Blaise-des-Simples)に埋葬されています。礼拝堂にはコクトーの絵で装飾が施されているそうです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、私は美術学校の学生です。母の誕生日プレゼントに大きな抽象画を描いて贈りました。二ヶ月もかけた大作です。ところが、なんと母は『すてきな絵ね。ありがとう』と4歳になる弟に言ったのでした」

 

VDM (Vie de merde)より



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パリ近郊の小さな村 その4 〜 フォンテーヌブロー 〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 シリーズの四回目は、フォンテーヌブローにある3つの村を訪ねます。

 

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下記地図の水色の印のあるところです。

 

より大きな地図で パリ近郊の小さな村 を表示

 まずは、お城に一番近い村トムリー(Thomery)から。(水色のピンがお城)

 

 人口は3,400人ほど。以前のブログで、石壁で育てた葡萄のワインを紹介したことがありますが、その時に登場しました(→こちら)。

 

 ここは、日当りが悪く葡萄の栽培には適した場所ではありませんでしたが、石壁を利用することで成功しました。石壁は昼間の太陽の熱を取り込むため、日当りの悪い場所でも葡萄を栽培することができたのです。

 

 トムリーでのワインの生産は1930年代くらいまで続きましたが、今は行われていません。現在の石壁は国の文化財に指定され、かつての様子をとどめるために趣味で葡萄を栽培している人がいるだけです。

 

 葡萄が育つのであれば、トマトやキウイなど他の植物も大丈夫のはずと、キウイを栽培している人もいて、すでに80キロを生産したそうです。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(2011年5月19日放送)

 

FontainebleauTV.jpg

 

 トムリーから南へ5キロほど下ったところに、中世の面影の残る村モレ=シュル=ロワン(Moret-sur-Loing)があります。

 

 人口は4,500人ほど。近くを流れるのはロワン川。12世紀に要塞化された村は、かつて全長1,356メートルにも及ぶ城壁に囲まれ、20本の塔に3つの門、さらに天守閣もあったそうです。3つある門のうち2つが残っています。

 

 映像に登場したのはそのうちの一つブルゴーニュ門(Porte de Bourgogne)です。クラシックカーの列が門の下を軽快にくぐって行きました。

 

 村は、19世紀末、印象派の画家シスレーがここで暮らしていたことでも知られています。

 

 ロワン川の岸辺を、のんびりとピクニックを楽しむ人や、サイクリングやジョギングをする人たちに混じって、さらに南西へと移動すると、グレ=シュル=ロワン村(Grez-sur-Loing)に到着します。

 

 村の人口は1,400人ほど。ここの川岸ではトロッコ列車が走っています。

 

 1850年頃、この地域には採砂場があり、その砂を運ぶのに小さな鉄道網が整備されていたそうです。しかし、砂の運搬はしだいにトラックで行われるようになり、1969年に鉄道はその役割を終えます。1982年、このなつかしのトロッコ列車を甦らせようという活動が始まり、現在、観光用としてロワン川の岸辺を走っているというわけです。

 

 その名をTacot des Lacsと言い、ディーゼルと蒸気機関車の2種類があるようです。2.5キロを45分ほどで走ります。乗車する際は事前の予約が必要です。

 

 もう一つの楽しみ方は、ロワン川の岸辺に腰掛け、印象派の絵に出てくるような風景を眺めるか、カヌーで川にこぎ出し、川沿いの屋敷を見物して回るかです。ぞれぞれスタイルの異なる建物は、外から見るだけでも面白そうです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、列車の中でポケモンで遊んでいる子供と向かい合わせになった。自分の子供の頃が懐かしくなってその子に話しかけた。『おじさんも君くらいの年にはゲームボーイで遊んだもんだ』するとその子が言った。『ゲームボーイって、なに?』」

 

VDM (Vie de merde)より



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パリ近郊の小さな村 その3 〜 水路の村 〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 シリーズの三回目は、ブリー地方のヴェニスとも言われるクレシー=ラ=シャペル村を訪ねます。

 

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下記地図の緑の印のあるところです。

 

より大きな地図で パリ近郊の小さな村 を表示

 村の人口は4,000人ほど。7世紀頃、礼拝堂の向かいに数軒の家が立ち集落を作っていた村は、ほどなくして城壁に囲まれた要塞都市になります。当時は塔が40本もあり、そのうちいくつかは現在も残っているそうです。

 

 また、グラン・モラン川の岸辺にあった村は、森の入り口に位置していたため、切り出された木を運ぶための拠点となり、商業的にも栄えていました。また村の中には何本もの水路(brasset)が掘られました。

 

 百年戦争以降は領主が何度も変わり、一時、カトリーヌ・ド・メディチが領主だったこともあります。

 

 1760年頃、最後の領主によって、通りの拡張、広場の整備、水路の修正、歩道の設置などが行われました。

 

 ブリーのヴェニスと言われるくらい水路の発達したこの村は、小さなカヌーを操りながら散策するのがいいそうです。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(2011年5月18日放送) 

 CrecyTV.jpg

 

 緑の木々の間を縫って進めば、水路沿いに小さな船着き場や洗濯場が今も残っています。上に目をやればあちこちに小さな橋が架けられています。石橋のアーチをくぐり抜けると、古い建物の並ぶ通りが見えてきます。

 

 エレナさんは、昔の屋敷を修復して住んでいます。屋敷には7世紀に建てられた部分もあるとか。庭はル・ノートルがデザインしたものかもしれないと言っていました。

 

 19世紀には、多くのアーティストがこの村にやってきます。番組にはコローが住んでいた家が登場しました。

 

 また、かつての城壁の跡も一部残っています。塔は当初の40本から99本にまで増えていたそうです。

 

 絵になる風景にあふれているこの村は、映画やドラマの撮影にも使われました。日本でも放映されたジェラール・ドパルデュー主演の「モンテ・クリスト伯」の一部もここで撮影されたそうです。

 

 グラン・モラン川沿いに東へ数キロ行ったところにノートルダム=ドゥ=ラソンプシオン参事会管理聖堂(Collégiale Notre-Dame-de-l'Assomption)があります。

 

 この教会は13世紀に建てられました。ゴシック様式の内陣はみごとです。外観でひときわ目を引くのは、控え壁から飛び出したガーゴイル。その口からは溜まった雨水が吐き出されます。このような作りは、パリのノートルダム大聖堂と同じだそうです。

 

 また、ここには広大な庭もあり、一般の見学者に開放されています。

 

 クレシー=ラ=シャペルまでは、パリからRERのA線とバスを乗り継いで1時間半足らずで行けそうです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、お年寄りのために50ユーロで庭の手入れをすることにした。午後2時から初めて5時に終了。様子を見に来たおじいさんが言った。『おお、きれいになったな。しかし、そっちは隣の庭で、わしのはこっちじゃ』」

 

VDM (Vie de merde)より



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パリ近郊の小さな村 その2 〜 ビエーヴル川渓谷 〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 シリーズの二回目は、ヴェルサイユ宮殿から南東に伸びるビエーヴル川渓谷の小さな村を紹介します。

 

France_IledeFrance.jpg

 

下記地図の赤い印のあるところです。

 

より大きな地図で パリ近郊の小さな村 を表示

 緑に囲まれたこの地域は、かつては王様の狩猟場でしたが、今ではのんびりと散歩するのに最適の場所です。

 

 ここを小さなビエーヴル川が流れています。ヴェルサイユの南にある町ギュイヤンクール(上記地図の赤いピン)の森の中にその水源があります。ここから多くの町や村を通って、最後はパリのセーヌ川に注いでいます。全長は約40キロ。

 

 製造業が発展して行くにつれ川は徐々に汚れ、衛生上の問題から、1850年から1950年の間にフタで覆われてしまいます。地図上でパリまでの道のりを確認しようとしても途中で流れを見失ってしまいます。下記は、レ・ロージュ=アン=ジョザス村(Les Loges-en-Josas)のプティ・ジュイ通り(rue du Petit Jouy)のストリートヴューですが、ハイカーの横を流れるのがビエーヴル川です。

 

 

 自然環境が見直されている今、そろそろかつての川の姿を取り戻せるようになるかもしれません。

 

 レ・ロージュ=アン=ジョザス村の人口は約1,400人。ここには多くのアーティストがアトリエを構えています。

 

 ここなら自分の望む光りと色を手に入れることができます。そして、自然に囲まれた村ではキツネなどの野生動物に出くわすこともあるそうです。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(2011年5月17日放送)

 

bievreTV.jpg

 

 この地域には農場もあります。エメリックさんの農場は50ヘクタールあり、今の季節は、主にほうれん草などの野菜やイチゴを作ってパリに供給しているそうです。

 

 ここにも拡大する都会の波が押し寄せていますが、市価より安くで手に入る野菜を収穫に来る人たちもいます。

 

 また、従業員46人という大きな農場もあり、ここでは牛も飼っています。

 

 さらにビエーヴル川沿いを東へと歩を進めるとヴォアラン村(Vauhallan)があります。

 

 人口は2,000人ほど。ここにはベネディクト派の修道院Abbaye Saint-Louis-du-Templeがあります。戦後に作られました。戦後と言ってもその歴史は古く、前身はパリにあり、戦後にここに引っ越してきました。

 

 この村とレ・ロージュ=アン=ジョザス村の間にあるジュイ=アン=ジョザス村には美術館Musée de la Toile de Jouyがあります。かつてこのあたりにあったプリント布工場の機械や製品が展示されているそうです。

 

 パリからはRERのC線に乗ればこの辺りまで約1時間で来られるようです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、アトリエに、指輪の石をカットしてもらいに客がやってきた。石は4.3カラットのルビーで『鳩の血』と呼ばれていた。アトリエでは、まだ学校に行く前の娘を遊ばせていたのだが、今やその娘から石が出てくるのを待っている。娘よ、あれはイチゴ味のキャンディじゃあないんだよ」

 

VDM (Vie de merde)より



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パリ近郊の小さな村 その1 〜 ヴェクサン地方 〜 [イル=ドゥ=フランス地方]

 今日から5回シリーズでパリ近郊の小さな村を紹介します。

 

 フランスにはいくつかの県が集まってできた“地域圏”という行政単位があります。パリを含む8つの県は「イル・ドゥ・フランス(Île de France)」という地域圏に属しますが、今回紹介する村は、すべてこの圏内にあります。

 

France_IledeFrance.jpg

 

下記地図の青→赤→緑→水色→紫の順に回ります。

 

より大きな地図で パリ近郊の小さな村 を表示

 第一回目は、青い印の2つの村を訪ねます。(上記地図の青いアイコンをクリックすると村についての情報がご覧頂けます)

 

 この二つの村のある地域はヴェクサン地方と言われています。

 

 ヴェクサンを知るには、この地方を流れるオワーズ川の遊覧船に乗るのがいちばんです。

 

 バトー・ムッシュに比べるとずっと地味ですが、ネル=ラ=ヴァレ村の対岸にあるリスル=アダン村(L'Isle d'Adam)から出発し、川沿いにあるコンティ公(ルイ15世の従弟)の屋敷を眺めたり、パルマン村、ヴァルモンドワ村、オーヴェル=シュル=オワーズ村など、モネやゴッホやセザンヌなどの画家たちが描いた風景を堪能することができます。所要時間は1時間半~2時間。下記写真をクリックして番組をご覧下さい。(2011年5月16日放送)

 

oisebateauTV.jpg

 

 パリからここまでは30キロほど。サン=ラザール駅からローカル線が何本も出ています。所要時間は1時間10分〜1時間20分ほど。自然がいっぱいで、美味しい空気を吸いたくなったらここへ来るとよさそうです。

 

 ネル=ラ=ヴァレ村の人口は約1,800人ほど。

 

 映像に登場した教会はサン=サンフォリアン教会(Saint-Symphorien)。

 

 日曜日の午後の広場は、ペタンクを楽しむ人たちでにぎわっていました。

 

 一方、東へ50キロほど移動すれば、パリ市を横断したセーヌ川が終点の英仏海峡に向かって流れているのが見えてきます。

 

 このセーヌ川のすぐそばにあるのがラ・ロシュ=ギヨン村。人口は500人ほど。イル・ドゥ・フランスで唯一「フランスで最も美しい村」に登録されています。

 

 お宝はいくつかありますが、一番はラ=ロシュ=ギヨン城。

 

 中世の時代から白亜の崖を背にして建てられたというユニークな城で、断崖の上にある天守閣までは、岩の中に掘られた洞窟のような階段を上って行きます。通りから見えていたのは、城の南側に増築された住居部分で、ルネッサンス期のもの

 

 ここでクレープ屋(La Cancalaise)を営んでいるナタリーさんは、6年前にパリから引っ越してきました。小さい村ながら観光地なので夏は人でにぎわうそうです。

 

 パリのサン=ラザール駅からマント=ラ=ジョリ(Mantes-la-Jolie)まで列車で30分。マント=ラ=ジョリからラ=ロシェ=ギヨンまではシャトルバスがあるそうです。所要時間30分ほど。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、母の日だったので、3才になる息子がプレゼントをくれた。保育園で描いたという素晴らしい絵だった。ところがよく見ると、サシャというサインが書いてある。息子の名前はサミュエルなのに……」

 

VDM (Vie de merde)より



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