パリ セーヌ川の橋 その4 [パリ]
パリのセーヌ川に架かる橋は全部で37本。
前回紹介したポンヌフは何回かの改築を繰り返しながら今日まで生き延びてきた橋のひとつです。
かと思えば、何世紀も経つうちに消えて無くなった橋もあります。
また生き残っていたとしても、彫刻などの装飾が失われてしまったものもあります。
シリーズの最後は、昔の資料からこれらの橋がどのような歴史を辿ったかを見てみましょう。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 3で2016年4月21日に放送)(▸をクリックしても映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)
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Ponts de Paris Histoire des ponts
昔の橋は今のとはだいぶ様子が違っています。
1752年に描かれたこの絵を見ると、橋の上にはぎっしりビルが立ち並んでいます。
住んでいる人もいればお店を出している人や工場として使っていた人もいたそうです。
ちょっと気になるのは橋の下で船を出している人たち。
よ〜く見るとあの船上の一騎打ちJoute(ジュット)が行われているではありませんか。セーヌ川でもやってたんですね。
それはさておき、これらの橋はどれも有料で通行料を徴収していたそうです。
1689年にルイ14世が作らせた橋ポン・ロワイヤル(上記地図の黄印)だけが無料だったとか。
「通行料は、歩行者が1ドゥニエ、馬に乗って渡る人は6ドゥニエ、馬車は10ドゥニエでした。そして、ポン・ロワイヤルだけは無料だったんです」と博物館の方。
ポン・ロワイヤルは3番目に古い橋です。2番目はポン・マリー(上記地図のオレンジ)。
1800年頃には木製の橋がまだ残っていました。
この絵に描かれている木製の橋はサンルイ島とシテ島を結んでいました。
「橋が赤い絵の具で描かれていますが、これは橋がより丈夫に見えるようにと考えてのことでした」と博物館の方。
これらの絵はパリ3区にあるカルナヴァレ博物館に収蔵されています。
さて、バトームーシュに乗っているシャルロットさん、ちょうどアルマ橋(上記地図の茶印)のところにやってきました。
かつてアルマ橋は4体の兵士の像が飾られていましたが、現在はこのアルジェリア歩兵の像だけが残っています。
この像、度々増水するセーヌ川の物差しのような役割を担っています。
「1910年の大増水の時、水面があの像の肩のあたりまで達していました」とシャルロットさん。
パリのセーヌにかかる橋はそれぞれの歴史を秘めています。調べてみるともっと面白い話に出会えるかもしれません。
終わり。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、高速の料金所でパニックになり、呼び出しボタンを押して、入場券をなくしてしまったと言った。するとスピーカーの向こうで声が言った。『ムッシュー、料金所に入場券などありません』」
VDM (Vie de merde)より
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