ミディ運河と英国人 [ミディ運河]
フランス南部のトゥルーズから地中海までをつなぐミディ運河。今年、350歳の誕生日を迎えます。
かつては重要な水運の道としての役割を果たしていましたが、今は主に観光やレジャーに利用されています。
そして、ボートを浮かべ住まいとして暮らしている人たちもいます。
なんと、そんな人たちの80%が英国人なのだそうです。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 2で2016年3月17日に放送)(▸をクリックしても映像が出てこない場合はウィンドウの下の文字をクリック)
映像が途切れ途切れになってしまう皆さん。どうも映像の読み込みと再生の速度がうまく噛み合ないのが原因のようです。解決策として、本編が始まったところで一旦ポーズボタンをクリックし再生を止め、映像を読み込むまでしばらく待ちます。ある程度映像を読み込んだところで、もう一度再生ボタンをクリックすると途切れずに見ることができるようになります。少し手間ですが試していただけると幸いです。
Les Anglais et le Canal du Midi : une longue histoire d'amour
ここはカペスタン村(Capestang)。ミディ運河が村の真ん中を横切って流れていきます。
長い一日がのんびりと過ぎていきます。とは言っても、ここは過疎とは無縁の村。
何しろ運河の岸にはたくさんのボートが係留され、そこで暮らしている人たちがいるからです。
ジェーンさんとピーターさんもその中の一人。4年前からミディ運河でボート暮らし。
二人の住まいはこの長さ24メートルのペニッシュと呼ばれるボート。
中に入ると・・・普通の家と変わりありません。
「ただ、この家は、ある場所が嫌になったらまた別の場所に移動できるというところが違ってますがね。これぞ自由!」とピーターさん。
ミディ運河なら静かにのんびり暮らしながら、人との交流も途絶えることがありません。
「ヴィルヌヴ=レ=ベジエでは3回冬を越しました。英国人にフラン人、ベルギー人にオーストラリア人など、お友達がたくさんできました」とジェーンさん。
このカペスタン村の運河に暮らす人たちの80%が英国人です。
こちらはグレイさんとカレンさん。英国にある自宅を売り払ってこのカペスタンにやってきました。
思えば35年前、ここに来た時から気に入っていました。
「皆、気さくな人ばかりで、レストランもありますし、何かしらすることがあって・・・」とカレンさん。
「そう、近くに山はあるし、海だってあるしねえ」とグレイさん。
イギリス人を惹きつける要因は2つ。“太陽のある暮らし&節約が出来る”です。
カペスタンでの係留料は全部込みで1ヶ月400ユーロ(約49,000円)ポッキリ。
リチャードさんの場合はもっとすごいことになっていました。
あちこちボートで旅した後、運河の岸辺に家を建ててしまったのです。すごい惚れ込みよう。
英国人が初めてミディ運河のボートをレンタルしたのが1930年代のこと。
その頃からすでにこのムーヴメントが始まっていたのでした。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、デンマークでのこと。財布を盗まれたので警察を呼ぶと、警官が英語が話せないから何もできないという。その説明が完璧な英語だったにもかかわらず」
VDM (Vie de merde)より
ミディ運河は自転車禁止! [ミディ運河]
ミディ運河を旅するサイクリストを見て(運河の旅は→こちらから)、私も同じように走ってみたいと思っていますが、なんと、ミディ運河を自転車で走るためには許可が必要なのだそうです。
無許可で走れば法律違反。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2011年8月4日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
皆さん、このことをご存知なのでしょうか?
早速、運河沿いを走るサイクリストに聞いてみました。
「許可を取ったかですって?そんなことしてませんよ」とカップルのサイクリスト。
1932年に制定された法律によると、個人であれ団体であれ、河川や運河の航行を管理する公共機関VNF(Voies navigables de France)に申請し、許可をもらわなくてはなりません。
そして、その許可は、個人に対する一時的なものだそうです。
「どんな許可ですか?」と女性サイクリスト。
あきらかに無許可で走っている様子。
「私の国とは違って、フランスは規則が多すぎますよ」と外国人とおぼしき女性。
「申請はしましたけど、許可書はまだ届いてません。遅れてるんでしょう」とお父さん。見切り発車だったようです。
この様子では、ミディ運河には数十万人の違反者がうじゃうじゃ走っているということになりそうです。
特に、カステルノダリからセットの間がいちばん多いそうです。
「法律を守れと言ったところで、誰も聞いちゃくれませんよ。時代遅れの法律なんて止めてしまった方がいいんじゃないですかね」と自転車屋さん。
この法律、再検討されたようですが、2008年にそのまま許可が必要ということで確認されてしまったそうです。
しかし、先のVNFは、人員を配置してまで違反者を取り締まるつもりはないようです。
「大規模な運河は閉じられた空間ではありません。どこからでも入って来られます。そのような環境で違反者を取り締まるというのは考えられないですね」とVNGの広報の方。
念のため付け加えると、ベビーカーは問題ないそうです。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、車が突然バックしてきて私の自転車の前輪にぶつかった。車から降りて来たのはイケメン。そこで私は、にっこり微笑みながら食事でもごちそうしてくれればそれで良いと言ったのだが、イケメンは新しい自転車を買うほうが良いと言った」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その6 〜ミディ運河ステップ4〜 [ミディ運河]
楽しい運河の旅シリーズも今日が最後。
前回は、ボートでフォンセランヌの水門(水門が8つ並んでいた地点)(下記地図の波のマーク)からトゥルーズ方向へと出発しましたが、今回は、遊覧船に乗って地中海方向へ向かいます。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年8月20日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
Les Bateaux du Soleil社の観光クルーズは、ベジエ(黄色の点)やアグド(客船のマーク)を中心にいくつかあるようです。
守備範囲は、西はあの洞窟のようなトンネル、東はセットのあるトー湖まで。
2時間くらいのものから食事付きの6時間くらいまでと様々。
料金は10〜23ユーロ。ディナー付きのナイトクルーズになると39ユーロ。
このあたりは万人が楽しめるコースなのかもしれません。
中でも、フォンセランヌの水門を通過するのが一番のアトラクションだとか。
この水門、言うなれば水の階段のようなもの。一段ずつ階段を上がって(または下がって)、全部を通過するのに45分かかるそうです。
「350年間、ずっとこうやって機能してます。もちろん、昔のままというわけじゃありませんがね。ドイツ占領下の時代に、木造だった門は金属製になりましたし電動にもなりました」と遊覧船サンタマリア号の船長さん。
アランさんはここの水門番として30年間働いています。水門の隅から隅まで知り尽くしている人物。
「時々、船底が運河の底に当たったと言われるが、水位を見ればそんなことはないってことがすぐに分かる」
ボートが水門を通過し始めるのを楽しみにしているのは乗船客だけではありません。
歩いている人も自転車の人も、この光景を一目見ようと集まってきます。
さて、フォンセランヌの水門から地中海方向へと向かうと、ここにも大型の運河の橋があります。
ここを渡って20〜30キロほど行くとアグド(Agde)の町です。
ここからさらに地中海へと向かう遊覧船に乗り込みます。
しばらくはプラタナスの並木が木陰を作る運河の上を静かに走って行きます。今までの喧噪がウソのよう。
ここのプラタナスもあのキノコの菌にやられてしまったのでしょうね。
バニャス池(水泳のマーク)を一巡りした後はランチタイム。
本日のランチはパエリア。なんだかあまり美味しそうに見えませんが、お客さんは大満足。とっても美味しいと言っています。
「日常の煩わしさを忘れてゆっくりできます。こんな風にすごしたかったんですよ」と女性客。
「いつもたくさんの人を相手に仕事をしてますから、こういう静かな時間がすごせて満足です」とそのお連れの方。
皆さんがお昼を食べている間に、外の風景はプラタナスから広い湖へと変わっていました。ここはトー湖。
運河は上記地図の緑のピンのあたりで湖につながっています。
ここからは、遠くにセットのサン=クレール(Saint-Clair)山が見えます。そして、地中海はその向こうに広がっています。
「船は私の赤ん坊みたいなもんです」と船長のアンドレさん。
「船に乗っていればストレスもなく居心地がいいんです。自然はいっぱいだし、風景は季節毎に変わるし、こうやって暮らして行けて幸せです」
ボルドーから約500キロ。見えて来たのはLes Onglous灯台(旗のマーク)。
ミディ運河を作ったリケは、こんな旅はできなかったとナレーションは結んでいました。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、バカンスでパエリアを食べたら、入れ歯が黄色に染まった。これぞバカンス・ファッション!」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その5 〜ミディ運河ステップ3〜 [ミディ運河]
シリーズの五回目は、自転車から降りて、ボートで運河を旅する人たちの様子をみせてもらうことにしましょう。
今回は、これまでとは逆に、運河の流れとともに進んで行きます。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年4月25日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
舵を取るのがジャン=ジャックさん、陸に上がってロープでボートをコントロールしているのが友人のクリスチャンさん。
水門を使って少しずつ前進していくのはなかなかデリケートな作業です。
水門から出て来る水を間近でみると迫力があります。
この様子を見物しようと十数人の人が集まってきました。
ここは、ベジエ(上記地図の黄色の点)からトゥルーズ方向へ1キロばかり行ったところにあるフォンセランヌの水門(Écluses de Foncérannes)(上記地図の波のマーク)。
航空写真で見ると、水門が8つ並んでいるのが分かります。しかも、一隻のボートが水門の中で待機しているところが写っています。
水門と言っても、前方と後方に水をせき止める門が付いている、船のプールのようなもの。
水をせき止めて、その前にある水門の水位と同じ高さになったら門を開けて前に進む仕掛けになっています。
ナレーションで6つの水門と言っているので、この作業を6回くりかえすことになります。(残りの2つは水門の役割を果たしていないのかもしれません)
ミディ運河の水門は、建設当初から強度を考えて楕円型になっていますが、この丸い形状からバロック様式と言われました。
ほとんどの水門が20世紀に改築されたため、そっくりオリジナルのまま残っている水門はないそうです。
「大規模な施設です。大昔の人がこれだけのものを作ったんですからすごいですよ。今ではほとんどが電動化されていますが、仕組みは昔のままです」とジャン=ジャックさん。
最後の水門を通過する時は、20メートルほど水位が上がります。
ボートに乗っているのは二人の男性の他に、クリスティーヌさんとソフィさんの二人の女性。
4人はコルシカ島に住んでいますが、運河でバカンスをすごしにやってきました。
「特別な計画はありません。運河をのんびり旅して、土曜日にはカルステルノダリに着く予定です」とクリスティーヌさん。
どうやら気ままな運河の旅を楽しみにいらっしゃったようです。
適当な運河沿いの町についたら上陸して、散策を楽しみ、お店や生産者から食料を仕入れ、ボートのキッチンで料理を作ります。
そして、木陰のテーブルでお食事会。むむ、ロゼワインに氷?
すぐに冷たくしたいならこれもありですね。うるさいことは言いますまい。
楽しいお食事タイムが終わるとボートに戻って運河の散策です。
しばらくすると、トンネルが見えてきます(上記地図のトンネルを電車が走っているマーク)。
Tunnel de Malpasと名付けられたトンネルは、建設当時に掘られたそうです。
テーマパーク風でちょっと楽しめます。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、バカンスから戻ってきた。お隣さんに預けていたネコを引き取りに行くとお隣さんが言った。『ちゃんと面倒見てあげてたわよ〜』ネコを見ると、頭にはポニーテール、首にはダイヤモンドのようなものがくっ付いたピンクの首輪、足にはお手製らしき毛糸の靴……。確かにかわいがってもらったようだ」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その4 〜ミディ運河ステップ2〜 [ミディ運河]
シリーズの四回目は、中世の要塞都市とワイン。
前回の終点カステルノダリから40キロほど運河沿いを先に進むと、丘の上に美しい城壁が見えてきます。カルカソンヌの要塞都市です(ピンクの点)。
今日はここからスタートし、ヴァントナック=アン=ミネルヴォワ(Ventenac-en-Minervois)まで向かいます。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年8月19日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
世界遺産のカルカソンヌの要塞都市は、名だたる観光地だけあって、毎年数十万人の観光客が訪れます。
水と緑のサイクリストの世界とはだいぶ違っています。
「何日も運河と緑の中を走って来ましたからね。突然、別世界に入り込んだ気分ですよ」と男性サイクリスト。
城壁の中は見学したのでしょうか?次の目的地へと出発して行きました。
10キロほど行くとトレブ(Trèbe)の村に到着します(上記地図のナイフとフォークのマーク)。
運河沿いのレストランで食事を楽しむツーリングの皆さま方。この地方のワインで乾杯でしょうか?
トレブは、オード県有数のワインの産地ミネルヴォワの玄関口。
ここから60キロ以上に渡ってワイン用のブドウ畑が続きます。
運河に水色の橋がかけられていたのはオンプス村(Homps)(上記地図のグラスのマーク)。
ミディ運河の開通でめざましい発展を遂げた村です。
「17世紀〜18世紀にかけて、運河のこちら側には樽屋、あちら側にはワインの仲買人がいました。仲買人は、ブドウ農家の作ったワインを買い取り、それぞれ異なるワインをブレンドし樽につめ、トゥルーズやベジエに向かう船に乗せ、ワインを卸していたのです」とミネルヴォワの組合長さん。
しかしそれは昔の話。現在はバカンス用のプレジャーボートが運河に並んでいます。
そして、ここまでくればサイクリストもワインの味を確かめないわけにはいきません。
適度のワインの試飲などしながらペダルを漕いでいると、ミディ運河の父リケが運河の建設中に6年間滞在した城シャトー・パラザが目に入ってきます(上記地図のグラスのマーク)。
ここにはルイ14世もやってきたとか。そして、運河へと続くテラスを作らせたそうです。
見晴らしが良く、運河の向こうにピレネーの山々も望むことができます。
現在は有数のワイン農家になっています。
そして、今日の終点ヴァントナック=アン=ミネルヴォワに到着です。
白い建物はシャトー・ヴァントナック。
「サイクリストの皆さんにここは教会か?とよく聞かれるのですが、ここはワイン農家の共同製造所です」と担当者の方。
となれば遠慮なくワインの試飲ができますね。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、彼女がバカンスででかけるというので、またもや旅行カバンを貸すことになった。ニューヨーク、ラスヴェガス、サンフランシスコときて、今回はモーリス諸島へ行くらしい。僕の旅行カバンは僕よりあちこち旅してる」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その3 〜ミディ運河ステップ1〜 [ミディ運河]
いよいよ今日からミディ運河の旅が始まります。
始まると言っても、トゥルーズはミディ運河の終点。
運河は地中海からトゥルーズに向かって流れ、その後、ガロンヌ運河を通って大西洋に抜けるシステムになっています。
今回は、この流れとは逆に旅しています。
シリーズの三回目は、トゥルーズ(赤いピン)からカステルノダリ(紫の点)までです。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年8月18日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
トゥルーズには、ミディ運河の生みの親であるピエール=ポール・リケの銅像があります。
リケは、当時、塩に課せられた税金を徴収する徴税使でした。
そんな人に運河の設計ができるのか?と疑問になりますが、運河を作る際に大きな問題となるのが水。どこからどうやって水を調達すればいいのか?
このあたりの地理に明るかったリケは、その問題をうまく解決できる案を思いついたようです。
1662年に提案されたリケの計画は様々な検証の結果、当時のフランス国王ルイ14世に採用され、1666年に工事が始まります。
完成し船舶の通行が開始されたのが1681年。リケは完成を待たずしてその直前の1680年になくなってしまいます。二人の息子が後を引き継いで1年後に完成させました。
「当時、これだけのものを作るとなると、それだけの頭と道具が必要だったでしょう」と男性。
「リケは、運河を作るために私財を投じたと聞いています。一生をこの運河に捧げ、孤軍奮闘した人でした」と女性サイクリスト。
確かにリケは、国家プロジェクトとなった運河の建設資金の1割強を負担したようです。
完成した暁には運河の通行料をもらえることになっていたとは言え、それなりの思い入れがなければそこまではやれそうもありません。
因に、リケの父親はやり手の実業家だったらしく、リケに多額の財産を残していたそうです。
不屈の精神でミディ運河を完成へと導いたリケへのオマージュとして、パリの地下鉄7号線にはリケ(Riquet)という名前の駅があります(パリ19区)。
現在の運河は輸送路としての役割を終え、もっぱら観光や休息の場として利用されるようになりました。
運河沿いの集落にはひまわり畑やこの地方独特のレンガ作りの教会があります。
プラタナスの並木が木陰を作ってくれるので、夏でも心地よくサイクリングを楽しむことができます。
中には、クルージングとサイクリングの両方を楽しむ人たちもいます。こういう人たちは年々増加しているそうです。
カステルノダリの手前15キロほどのところにあるPort-Lauraguais (ポール=ロラゲ)(上記地図の錨のマーク)には、ミディ運河の博物館があり、その歴史や仕組みを知ることができます。
たくさんの子供たちが見学に来ていたようです。
自然の中でのサイクリングの楽しみの一つが休憩を兼ねた食事の時間。お腹が減っては先へ進めません。
お食事処にもリケの名前が使われていました。
ポール=ロラゲから小高い丘にある村モンフェラン(Montferrand)(上記地図の木のマーク)に上がれば高いところから運河を眺めることができます。
このあたりはSeuil de Naurouzeと言われ、ミディ運河の標高が一番高い場所。192メートルあります。
赤いシャツの男性が説明してくれた通り、ここは分水嶺。
大西洋からの水系と地中海からの水系の境目に当たります。
ここから10キロほど先へペダルを漕ぐとカステリノダリに到着です。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、財布がなかったので、タバコの箱に50ユーロ札をしまいこんだのだが、それをすっかりわすれてしまい、空になった箱を運河に捨ててしまった」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その2 〜ガロンヌ運河後編〜 [ミディ運河]
運河の流れに逆らいながら自転車の旅は続きます。
本日は、前回の終点アジャン(Agen)から40〜50キロ先にあるモワサック(Moissac)(下記地図の緑の点)から始まります。
世界遺産に登録されているフランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路。
モワサックはこの巡礼路に含まれています。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年8月17日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
町の西北部にあるのがサン=ピエール修道院。修道院の建物と回廊が世界遺産です。
建築が始まったのは7世紀、改築や増築などを含めてすべての建築が終わったのが15世紀。
教会の入り口上部のタンパンは1110〜1130年に作られました。ヨハネの黙示録を元に彫刻が施されています。回廊は1100年に作られました。
フランス革命で修道院としての役割に終止符が打たれ、国の財産として売却された後、1847年に文化財に指定されますが、時すでに遅し。
ボルドーーセット間の鉄道が修道院の真ん中を走ることになってしまいました。
航空写真でその様子がはっきりと分かります。
この時、取り壊しを免れたのが現在残っている建物です。
何十キロも自転車を走らせて来たサイクリストたちにとっては静かな休息の時間がすごせる貴重な場所です。
「スポーツをしながら文化も学べてとても良いですよ」
ユーリさんとフリッツさんはベルギー人。
ボルドーを出発してすでに10日。これからさらに40キロを走る予定です。
エアマットレス、寝袋、キャンプ用コンロなどを荷台に載せて出発して行きました。
話は少し横道にそれますが、モワサックは食べるブドウの産地としても知られています。
シャスラ=ドゥ=モワサック(Chasselas de Moissac)というラベルのAOC付きぶどうは、中世の頃にこの地で栽培が始まりました。
さきほどのサン=ピエール修道院の修道士が敷地内で栽培し、王様も気に入るほどの評判になったのだそうです。
アジャンでガロンヌ川にかかる橋を渡り、モワサックへと続いて来たガロンヌ運河は、今度はタルヌ川にかかる橋を渡ります。
Point-canal du Cacorと呼ばれるこの橋は、1846年に架けられた、フランスで最も大きな運河の橋の一つです。
トゥルーズ製のレンガとケルシー産の白い石。15個のアーチを持つその姿は絵になります。(美しい写真は→こちら)
運河沿いの道を走るサイクリストの楽しみ方は様々。
自転車にまたがったまま釣りを楽しむ人もいますが、糸が枝に絡まってしまいました。
車を気にせずのんびりペダルを漕いでいると、ペニッシュと呼ばれる細長いボートが、水門を使いながら前進して行く様子を見物することができます。
モワサックから25キロほど進んだところで番組の初めに登場した二人のベルギー人に再会しました。
なにやらモワサックにはおいしい料理を出してくれるお店があるらしい。
れんが造りのストライプ模様の教会と鉄骨作りの見事な市場はグリゾール(Grisolles)村のもの(上記地図の黄色い家)。村のお宝ですね。
運河から1キロほど離れた所にキャンプ場があります。
自転車の旅は、ガイドブックに書いてあるより厳しいらしい。
あのベルギー人の二人もここで宿泊のようです。
モワサックから64キロを走破すればフランス第6番目の都市トゥルーズに到着です。
ここからはいよいよミディ運河が始まります。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、大事な書類をもらうために自転車で16キロを走り友人の家まで行った。友人と一杯やって、あれこれ話し合った後、また自転車で帰宅した。気がつくと書類をもらうのを忘れていた」
VDM (Vie de merde)より
運河を巡る旅 その1 〜ガロンヌ運河前編〜 [ミディ運河]
早速、ミディ運河の旅を、と行きたいところですが、ついでと言ってはなんですが、少し旅を拡大させて、その手前のガロンヌ運河から始めます。
あのワインの産地で名高いメドック地方のあるジロンド河口に注ぎ込むガロンヌ川と、ミディ運河の終点となる都市トゥルーズを結んでいるのがガロンヌ運河です。
つまり二つの運河はトゥルーズでつながり、大西洋と地中海を最短距離でむすんでいます。
そのため、二つの運河を合わせて“canal des deux mers(二つの海の運河)”と呼ぶそうです。
下記地図の青いピンから赤いピンまでがガロンヌ運河、赤いピンから黄緑のピンまでがミディ運河です。
第一回目の今日は、ガロンヌ運河の青いピンから赤い点までを自転車で走り抜けます。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2010年8月16日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
ガロンヌ運河の終点カステ=アン=ドルト(Castets-en-Dorthe)が今回の旅の出発地。
運河のすぐ近くにはアメル城が立っています。14世紀に建てられ、16世紀と17世紀に改築されました。中を見学することもできるようです。
自転車が走るのは、かつて舟を曳くために人や馬が歩いていた運河沿いの道。
ニコルさんとリシャールさん夫妻も自転車でツーリングです。
出発前に朝食でしょうか?
5~7日間かけてトゥルーズまで行くそうです。
途中、小さな村を見物したり、ワイン農家を訪ねたりする予定だとか。
自転車は昔から使っている何の変哲もない普通の自転車です。
「少し部品を変えたりはしましたけど、特別複雑な装備など必要ありませんよ。道は平ですから走り易いです」とニコルさん。
カステ=アン=ドルトから地中海のセットまでは400キロ強。
「たくさんの人が退屈な道だと思っているようですが、どことして同じではありません。みんな違ってます。だから面白いんですよ」と別のサイクリスト。
ガロンヌ運河には53個の水門があります。
ボートやカヌーを楽しむ人も入れば、釣りを楽しむ人もいます。
「こうしているといろんな人が通り過ぎて行きます。いい気分ですよ」と釣り人。
少し離れた所からやってくる人もいます。
ジャンさんとフランソワズさん夫妻は運河が好きで10年来通い続けています。
「運河の近くに宿泊するようにしています。静かですし、日常を忘れさせてくれますからねえ。元気になって帰れます」
サイクリングロードは舗装され、障害になるようなものはないので、子供も大丈夫だそうです。
しかし、ぼーっと走っていると運河にドボン!なんてことになりそうな……。
そうこうしているうちに本日の終点アジャン(Agen)に到着。
それまでガロンヌ川の右岸を流れていた運河が、ここで左岸へと場所を変えます。
そのため、運河はガロンヌ川にかかる橋を渡って流れて行きます。
川の上に水路を通すためにこれだけ大きな橋がかかっている風景は日本では見られません。
「ボルドーからトゥルーズに向かって走ることにしました。運河の流れに逆らっていることになりますが、風は西から東へと吹きますから、自転車にとっては追い風です」
ガロンヌ運河は全長193キロ。
出発地点のカステ=アン=ドルトからアジャンまでは約80キロほど。
中には「お尻が痛くなっちゃったよ」とこぼすサイクリストも。
残り110キロがんばればトゥルーズに到着です。
次回は、アジャンの少し先モワサック(Moissac)からトゥルーズまでを紹介します。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、父が満面の微笑みを浮かべ、僕の自転車の修理が終わったと言った。何が問題かって?僕が修理を頼んだのは10歳の時。そして今、僕は17歳なのだ」
VDM (Vie de merde)より
ミディ運河のプラタナス [ミディ運河]
世界遺産のミディ運河。
フランス南部のトゥルーズから地中海までをつなぐこの運河に寄り添うようにプラタナスの並木道が続いています。
クルーズやサイクリングを楽しむ人たちに心地よい木陰を作ってくれていました。
しかし、2006年ころ、数百本のプラタナスが有害なキノコの菌に感染していることが判明。
このままでは感染は拡大するばかり。それを阻止する最良の方法は、残念ながら、一刻も早く木を伐採してしまうこと。
その作業がいよいよはじまりました。
下記ウィンドウの▸をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2012年2月22日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら)
最初の一本が切り倒されました。
樹齢100年を超える木の伐採に、運河の利用者や近隣の人々は心を痛めています。
「プラタナスのない運河なんて絵にならないですよ」と長年運河でボートを走らせて来たイヤニクさん。
「アーチ型の緑の天蓋を作ってくれていたプラタナスは、ミディ運河のエンブレムみたいなものですからね」と近隣に住む男性。
しかし、この菌に一度感染してしまうと治療は不可能。感染を止めるためには伐採しかありません。
今回は二ヶ月間で240本のプラタナスが伐採されます。最終的には、10年かけて42,000本のすべてのプラタナスが伐採されるそうです。
「残念ではありますが、専門家が科学的に検討した上での結論です。菌の感染が早かったようです」と広報担当者。
「ちょっと残念ですね。大きくて美しい木でしたから。風景も変わってしまいます」
「ずっとここに生えてる木です。樹齢100年以上はあると思いますよ」
プラタナスの並木道のない運河は、少々寂しいものになりそうです。
そして、環境的にも経済的にも大きな損失です。
目下、新しい木を植えるための資金調達が議論になっています。
これまでの姿を取り戻すためには、2億ユーロの資金と、時間をかけて木を育てるための忍耐が必要です。
次回は、TF1の過去の映像から、この運河を特集したシリーズを紹介する予定です。
******** フランス人のつぶやき *******
「今日、運河沿いに駐車している車の列に沿って歩いていると、ころびそうになり、慌てて一台の車のドアをつかんだ。ドアはきちんとしめられていなかったらしく、驚いた運転手が、倒れ込む私を尻目に、猛然と発進して行った」
VDM (Vie de merde)より