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ブルターニュの港巡り その3 [ブルターニュ地方]

 ブルターニュの小さな港シリーズの三回目は、前回のオディエルヌから少し北へ行ったところにあるカマレ=シュル=メール(Camaret-sur-Mer)を訪ねます(下記地図の緑印)。

Paris_Bretagne.jpg

より大きな地図で ブルターニュの港巡り を表示

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年5月29日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら


 強風の吹き荒れるブルタニュの海。

 

 その中を航行する船の寄港地がカマレ=シュル=メールです。

 

 半島をかじったような形の港は穏やかで、たくさんのヨットが停泊しています。

 

 この日は曇り空のあいにくの天気ですが、小学生たちが帆船ベル・エトワール(美しい星)に乗って実地研修をしていました。

 

 「昔は、漁業で栄えた港でした。イワシ漁やエビ漁が盛んだったんです。漁師たちは遠くモロッコやモーリタニアまで漁に出かけていました」と男性。

 

 当時の面影を残すのがノートル=ダム=ドゥ=ロカマドゥール礼拝堂。

 

 中に入ると船の模型やブイなど船にまつわる品々が飾られています。これらはどれも教会に祀られているマリア様に捧げられたもの。

 

 「苦しい時にここにお祈りに来た人やかろうじて難破から免れた漁師やその家族が、助かったお礼にお供えしたのです」と礼拝堂の管理人。

 

 毎年数千人の人がここを訪れるそうです。

 

 「シンプルな作りの礼拝堂がいいですね。それに、船やブイが飾られているのも見応えがあります」と女性。

 

 礼拝堂の隣には、あの要塞の設計で知られる17世紀の建築家ヴォーバンの作った塔ラ・トゥール・ヴォーバンがあります。

 

 こちらはユネスコの世界遺産に登録されています。

 

 この港には他にもユネスコの世界遺産に登録されているものがいくつかあるようです。

 

 港には陸に打ち上げられた船がたくさんのこされています。漁で栄えた昔の頃が偲ばれます。

 

 こうして使われなくなった船は、時間の経過とともに港のオブジェのような存在になっているとか。

 

 今ではヨットやプレジャーボートが湾を占領していますが、まだ12隻ほどの船が漁を続けているそうです。

 

 そして、子供たちの乗った帆船が港に戻ってきました。

 

 船酔いしなかったと自慢する子や、アザラシを見て楽しんだ子もいました。

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、夫と私は港で他のヨット乗りとおしゃべりをしていた。その内の一人が私たちのボートの重さを聞いてきたので夫が答えた。『16トン』で、最後にこう付け足した。『ウチのかみさんは加えないでね』」

 

VDM (Vie de merde)より



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ブルターニュの港巡り その2 [ブルターニュ地方]

 ブルターニュの小さな港シリーズの二回目は、半島の先端にあるオディエルヌ(Audierne)という港町を訪ねます(下記地図の赤印)。

Paris_Bretagne.jpg

より大きな地図で ブルターニュの港巡り を表示

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年5月28日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら


 波の荒い外海から穏やかなオディエルヌの港に入って来ればボートも一安心。港にはたくさんのプレジャーボートが並んでいます。

 

 「私の住んでいる地域は今年の冬は大雪でしたからね。海はいいですよ。素晴らしいです」とリヨンからやってきたという休暇中の男性。

 

 お店に入って行く家族の横には「ラングスティーヌ(エビの一種)1キロ10.80ユーロ」の看板が・・・。

 

 オディエルヌは、半島の突端のその先にある島イル=ドゥ=サン(Île-de-Sein)までを往復する船の港でもあります。

 

 この島を訪れる旅行者の数は年間で数千人。

 

 「友人と島でのんびり休暇を過ごすことにしてます。釣りをしたり、海水につかったり、日光浴をしたり・・・ま、そんなとこです」とツーリストの男性。

 

 クレーンで運ばれて行った赤いコンテナの中には、島で必要な日用品や食料が詰め込まれています。

 

 船は島に向かって1時間ほどの船旅に出発して行きました。

 

 一方、港では釣り師の皆さんが獲物を見せ合っていました。あの大きな魚はアンコウ?

 

 この海の幸を使っておいしい料理を出してくれるのがホテル・レストランLe Goyen

 

 映像に登場したラングスティーヌを使った料理がここのスペシャリテの一つ。よく見るとボリュームたっぷりの料理です。

 

 もう一つのスペシャリテがスズキを塩で固めて蒸し焼きにした料理。

 

 オディエルヌはスズキの漁で知られています。

 

 港から数キロのところでつられたスズキにはラベルが付けら次々に陸上げされていきます。どうやら高級魚のよう。

 

 それとは別に、漁師が釣って来たばかりの新鮮な海の幸を、直接船から購入することもできます。港ならではですね。

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、海辺で家族写真を取ることになった。母が私に向かって言った。『しかめっ面するのは止めなさい!せっかくの写真がだいなしじゃないの』私は笑っていたんだけど」

 

VDM (Vie de merde)より



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ブルターニュの港巡り その1 [ブルターニュ地方]

 フランス西部、海に突き出した半島にあるブルターニュ地方。

 

 ここには小さな港町が無数にあります。

 

 今日から5回シリーズでその小さな港町をのんびりと回ってみましょう。

 

 第一回目の今日は、モン=サン=ミッシェル湾に面したカンカル(Cancal)(下記地図の青印)を訪ねます。

Paris_Bretagne.jpg

より大きな地図で ブルターニュの港巡り を表示

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年5月27日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら

 

 春の朝、カンカルの港は平和そのもの。

 

 引き潮の海に見えていたのは牡蠣の養殖所。

 

 海岸ではその牡蠣を売る屋台が静かに準備を始めていました。

 

 カンカルはかつては大きな漁港でした。昔は100人ほどの漁師がここからニューファンドランド島をめざして船出して行ったそうです。

 

 その漁師たちの家族が住む界隈では皆が顔見知りで話も弾みました。

 

 「『いい匂いがしてたけど、お昼は何食べたの?』なんて隣同士で話したもんです」とかつて漁師だったリオネルさん。

 

 通りには漁師の無事を祈って作られたマリア像が残っています。

 

  そして、何と言ってもカンカルは牡蠣の養殖でも知られています。

 

 約20の養殖業者が、ここで牡蠣を養殖しています。その規模は約400ヘクタール。

 

 牡蠣の生育を促進するためには、こうして牡蠣の入ったカゴをひっくり返さなくてはならないそうです。

 

 この仕事はやはり引き潮の時にするのが一番楽ですね。

 

 港の屋台では一年中新鮮な牡蠣が販売されています。

 

 鄙びた感じの屋台ですが、有名だそうです。

 

 「こんな風にして牡蠣を食べたり買ったりするのは気取らなくていいですね」とお客の男性。

 

 「港の端に座ってモン=サン=ミッシェルを見ながら牡蠣を食べるのはいい気分だね」と別の男性。

 

 海の幸は海を見ながら食べるのが一番美味しいのかもしれません。

 

 海岸には港の様子を絵の具で描き留める人もいます。

 

 もう一ヶ月もすると数千人の観光客で賑わうカンカルも、この時期は静かでのんびりとしていました。

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、そしてずっと前から夫は釣りが大好き。パソコンの壁紙が結婚式の写真だったのに、最近、川かますの写真に入れ替えられていてちょっと不愉快」

 

VDM (Vie de merde)より



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今年の木 [ブルターニュ地方]

 フランスの林野庁にあたる公共機関と雑誌Terre Sauvageが開催した「今年の木コンクール」。


 2011年に出来たばかりのこのコンクールは、2年毎に開催され、今年でやっと2回目になります。


 コンクールと言っても大げさなものではありません。


 まずは候補として23本の木が選ばれ、ネット上にその写真が公開されます。


 この写真を見た人たちに、今年の木にふさわしい木を選んで投票してもらいます。


 その結果、得票数の多かった木が「今年の木」に決定されるというわけです。


 今年、10,533票を獲得し選ばれたのはこの木でした。


Paris_Begard.jpg

  下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局France 3で2013年6月1日に放送)




 古い石造りの鳩小屋の屋根に偶然生えた樫の木。


 ここはブルターニュ地方の小さな村ベガール。


 「この木は子供の頃から知ってますが、皆大して気にもとめていなかったね」と元管理人の方。


 どうやってこんなところに樫の木が生えたのかはっきりとはしませんが、風か鳥が運んで来た種が芽を吹き、ここまで成長したと考えられています。


 遠くから見ると、ちょっと愛嬌のある怪物のように見えなくもありません。


 樫の木の根は、鳩小屋の壁の奥深くに伸びて、今や一つに溶け合ったかのように見えます。


 「樫の木の根は、1.5メートルほどある壁の間を通り、さらに地面へと伸びています。樹齢は100年とか150年と言われていますが、専門家でも特定できていません。ちょっとした地元の謎になっています」と自然公園の責任者。


 この木、地元ではすでに重要な木としての指定を受けているそうです。


 今回のコンクールでは、二番手の樹齢800年〜1000年と言われるオリーブの木や、三番手の幹の周囲が14メートルというプラタナスの木を引き離して、得票を集めました。


 昼間は良いとして、夜、この木のそばを通るのは、やはりちょっと怖い感じもします。


 


******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、私は消防士です。お年寄りの女性が飼っていたネコが木に登っておりてこないというので、さっそく捕まえに向かいました。木の上で追いかけごっとをして、爪で引っかかれながらもなんとか捕まえて女性に渡すと女性が言った。『あら、なんだ、ウチのネコじゃないわ』」

 

VDM (Vie de merde)より




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地方のお食事処巡り その1 [ブルターニュ地方]

 諸事情により4日もお休みしてしまいました。


 休み明けの話題は、グルメ。


 今日から5回に渡って、フランスの田舎のお食事処を巡ります。


 第一回目の今日は、フランス南西部ドルドーニュ県サン・ラビエ(Saint Rabier)にある農場付きオーベルジュLe Grand Coderc

Paris_StRabier.jpg

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年5月6日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら




 人里離れた田舎の静かなオーベルジュ・・・・・・と思ったら、中はお客さまで満席です。


 ここのスペシャリテは、フォワグラ料理。


 皆さんの表情を見れば、その美味しさの度合いがよく分かります。


 フォワグラはここの自前。70ヘクタールある農場で育てられているカナール(鴨またはアヒル)は約5,000羽。遺伝子組み換えなしのトウモロコシを与えられているそうです。


 厨房ではモニクさんと息子のギヨームさんが料理の準備中。


 「オーベルジュにいらしゃるお客さまは、小さい頃に食べた料理、つまり “おふくろの味”のようなものを求めていらっしゃいます」とモニクさん。


 ギヨームさんの担当はフォワグラ料理。


 フォワグラに塩・こしょうをしたら蒸留酒をさっとかけ、アルミホイルで包みます。


 これを外のかまどの熱い灰の中に入れて蒸し焼きにします。これがここ独特の料理法。


 そして、鴨のヒレ肉の焼き方も豪快です。


 フライパンなどは使いません。薪の燃え盛るかまどの前に吊るして網焼きです。


 中世のお城ではこんな風にして料理していたのかもしれません。


 食堂では宴もたけなわ。


 「冗談を言ったりおしゃべりしたりしながら食事ができるのがいいですね」


 「どの料理もとっても美味しいですよ」


 美味しい食べ物は人を幸せにします。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、幼稚園の子供たちに行儀を教えようと、食事の前にすることは何?と聞いてみた。もちろん正しい答えは『手を洗うこと』。しかし、子供の一人が言った。『先生、食前酒を飲むことです』」

 

VDM (Vie de merde)より




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フランスの最も美しい村 その5 [ブルターニュ地方]

 シリーズの最後は、ブルターニュ地方の小さな村ロシュフォール=アン=テール(Rochefort-en-Terre)。村の人口は700人足らず。

Paris_RochefortenTerre.jpg

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2013年4月26日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら




 通りを走ってくるのは乗り合い馬車?


 よく見ると馬車の中には様々な食料品がつめこまれています。


 「これは移動食料品店です。毎週土曜日に隣村のプリュエルランから10キロほど走ってここまでやってきます」とヴィオレンヌさん。


 馬で移動とは田舎ならではですね。


 ブルターニュの村はコート・ダジュールの村とはまた雰囲気が違っています。


 12世紀に立てられたお城を中心に発展してきたこの村は、ブルターニュでも古い領主所領の一つ。


 立ち並ぶ建物にもかつての繁栄をしのばせるものがあります。


 注目は12世紀に立てられた教会Église Notre-Dame-de-la-Tronchaye。


 要塞化された鐘楼が時代を感じさせます。北側のファサードはゴシック様式。


 内部では聖職者の席に注目。


 立ったままで長い礼拝を行う僧侶のために、少しだけお尻をのせて休めるように板がこしらえてあります。


 この板にはそれぞれ異なる装飾がほどこされ、それぞれの僧侶の名前がつけられていたそうです。


 もう一つの注目が、耳の不自由な人のための懺悔室。


 小さな穴から手を出して言葉を伝えていたようです。


 最後は、ブルターニュでも古いビストロの一つCrêperie Le Café Breton。


 建物は16世紀のもの。様々なガイドブックに取り上げられているお店です。


 村は世界各地から人々が集まって来る人気の観光地。


 20世紀初め、ここを訪れたアメリカ人画家が、自分の描いた絵をこのビストロに贈呈しました。


 「描かれていたのは画家の運転手をしていた男性の結婚式の様子です。ですから、絵の中の人物は皆村人たちです」とお店の女性。


 当時は大勢の芸術家たちがこの村を訪れていたそうです。

 



******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、馬に乗って散歩した。乗馬はスポーツじゃないという人もいるけど、振り落とされた馬の後を追って走るのは確かにスポーツです。疲れた・・・」

 

VDM (Vie de merde)より




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フランスの最も美しい村 その4 [ブルターニュ地方]

 シリーズの四回目は、ブルターニュ地方の村モンコントゥール(Moncontour)。

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 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2012年8月30日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら



 南仏の村とははっきりと色合いが違っています。それもそのはず、建物に使われている石は石灰岩ではなく花崗岩。


 この地にどっしりと腰を落ち着けた感じの村です。


 村の人口は1,000人足らず。教会の鐘楼は最近修復が完了したばかりです。


 村ができたのは11世紀頃のこと。回りは城壁に囲まれていました。今でもその城壁がのこっています。


 建物の外観は中世の造りですが、中は17〜18世紀の様式に変わっているそうです。


 そして、現在の村には移り住んで来た人たちがおおぜいいます。


 その中の一人が、カロリーヌさん。


 カロリーヌさんは、かつて劇場や映画で衣装を担当していました。


 今は現役を引退していますが、その時の経験をいかして博物館Théâtre du Costumeを立ち上げ、昔の衣服をミニチュアで再現し展示しています。


 「引退したはずなのですが、こうやって今でも同じような仕事を続けることになってしまいました」


 展示物は大きく分けて二つあります。一つは中世の騎士の生活を再現したもの。もう一つは、ルイ12世の時代から1900年までの衣服の変遷を再現したものです。


 この村の名物の一つが、お店の看板。中世の頃の看板に全部作り替えられました。


 馬車の絵にLA POSTEと書かれた看板は郵便局。牛の看板は言うまでもなく肉屋さん。


 どの看板も、村に住む一人の画家の手で作られたそうです。


 お店の人たちも “中世の村” 作りに協力的だったとか。


 そして、新しいお店もできました。


 マリーさんは服飾店をやっています。お祭りがあるたびに昔の衣服を制作しているそうです。


 「昔のカットやラインを研究するのは楽しいですね。現在の裁縫とは違っていますから」


 木骨構造のコロンバージュ様式の家や古い石の家の並ぶ通りが、制作にヒントを与えてくれるのかもしれません。


 それはお菓子屋さんも同じ。


 菓子職人のロイクさんもここに移り住んできた一人です。


 お店PATISSIER CHOCOLATIER POIREAUの入り口にはこんな看板が出ていました。


patissier.jpg


 きちっとした職人さんの下で修行して資格を取ったパティシエだけが出せる看板です。


 美味しそうなお菓子がたくさん並んでいましたが、名物は岩のようにごつごつしたお菓子Rocher de Moncontour。


 食べると痛そうな……。


 ミルクチョコレートにプラリネが入っているそうですから、カリカリっとした食感のチョコレートのようです。


 モンコントゥールならではのお菓子です。

 

  

 

******** フランス人のつぶやき *******

 


 

「今日、ウチの息子が大量生産のスーパーのクロワッサンを食べているのを見て驚きました。私はパン兼ケーキ屋をやっていますが、今まで息子はクロワッサンが嫌いだったのです」

 

VDM (Vie de merde)より



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続・暖炉をめぐる旅 その2 〜マルイニエール〜 [ブルターニュ地方]

 シリーズの二回目は、マルイニエールと呼ばれる邸宅に備えられた暖炉。

 

 マルイニエールとは、17世紀から18世紀にかけて、海で活躍していたアルマトールと呼ばれる人々の別邸だった建物のことを言います。

 

 そして、アルマトール(Armateur)は、自分の船を艤装したことからこのような呼び名がつけられました。船の種類は、商船、私掠船、漁船と様々だったそうです。

 

 この辺りの海は英仏西、さらには北からのバイキングも加わって、激しい戦いが繰り広げられた場所。武装は当たり前だったのかもしれません。

 

 マルイニエールは、私掠船の街として知られるブルターニュ地方サン=マロ周辺に建てられ、その数112軒。今日はそのうちの2つを訪ねます。

 

Paris_StCoulomStMeloir.jpg


より大きな地図で マルイニエール を表示
 

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2012年1月31日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら


 

 まずは、サン=クロンにあるマルイニエールChâteau de la Motte-Jeanから。

 

 ここは私掠船のアルマトールの邸宅でした。

 

 オーナーの息子さんのベルティエさんの話によると、サン=マロを港に活躍していた海の男たちが陸に上がってくつろいだのがここだったそうです。

 

 そのせいか、サン=マロから少し奥まったところに建っています。

 

 当時は、勝利を祝う宴会や接待用に使われていたそうで、客が来ることを想定して各部屋に暖炉が設置できるように作られていたそうです。

 

 クラシックな内装の建物には、煙突が2つあり、暖炉は全部で8つあります。

 

 台所の暖炉が一番大きいそうです。

 

 外からの眺めはちょっとしたホテルのようにも見えます。

 

 

 さて、もう一つのマルイニエールは、サン=クロンから5〜6キロ南に下ったサン=メロワール=デ=ゾンドにあります。

 

 ここでは、オーナー夫妻が暮らしています。

 

 夏休みの時期には、林間学校のような騒ぎになるそうですが、冬の間はやってくる人もなく、ひっそりと静まり返っています。

 

 静かでのんびりとした老後の生活。このくらいの年になると退屈はしないんでしょうね。

 

 ここにも8つの暖炉があるそうです。大広間の暖炉は大理石、その他は年輪を重ねた古い木で出来ているそうです。

 

 一番よく使われるのが台所の暖炉。花崗岩で出来ています。

 

 このマルイニエールは珍しく海に面して作られています。

 

 そして、霧がなければモン=サン=ミッシェルの姿を見ることができるそうです。

 

 これだけの別邸がこの周辺に100以上も建っているとなると、アルマトールはかなりの財産家だったようです。

 

 

 

<******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、7歳に息子に、一緒に遊んでくれないなら、ママが老人ホームに入っても面会に行かないと言われてしまった」

 

VDM (Vie de merde)より



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暖炉をめぐる旅 その5 〜花崗岩の暖炉〜 [ブルターニュ地方]

 シリーズの最後は、ブルターニュ地方の暖炉を訪ねます。

 

Paris_Guiclan.jpg

 

 下記ウィンドウのをクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2012年1月20日に放送)(▸をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら


 

 こちらのお宅では、ご夫婦がお孫さんと暖炉を囲んでティータイム。

 

 ここは、15世紀に作られたと言う元領主の館の食堂です。

 

 暖炉は花崗岩で作られています。ブルターニュ地方の暖炉のほとんどが花崗岩で作られているそうです。

 

 新しく作り替えられることが多い中、こちらの暖炉は昔のままです。

 

 一方、現役を退いたジャックさんは、現在、自宅の暖炉を自分の手で復元しています。

 

 復元するためには、一度、部屋や家を分解して、同じ色、同じ模様の石を手に入れなくてはなりません。

 

 この日は果樹園で、暖炉の上枠を飾っていた昔の石をみつけました。

 

 「こうやっていると、昔の石工の手仕事がどんな感じだったか分かって、あれこれ想像しますね」とジャックさん。

 

 大きな石を持ち上げるだけでも大変そうですが、その下の土台の石は、石というより岩ですね。

 

 別のお宅の暖炉では、クレープが焼かれていました。

 

 こちらの鉄板は、かつて薪の火用に使われていた直径48センチのクレープ用の鉄板です。

 

 「薪の火で温度を一定に保つのはなかなか難しいですね。その時々でふいごを使ったり薪を足したりしなくてはなりません」と料理人。

 

 ここの暖炉は真っ黒で年季が入っています。一世紀以上に渡って使われてきました。

 

 このタイプの暖炉がブルターニュ地方のほとんどの農家にあるそうです。

 

 いい音をたててコルク栓が抜けましたが、中身はもちろんリンゴのお酒シードルです。

 

 薪で焼いたクレープを、冷たく冷やしたシードルを飲みながら、歴史を刻む暖炉を囲んでいただけば、豊かな気分になれそうです。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******

 

 

「今日、地下鉄の中で、僕はハンバーガーを、向かいの子供はチョコクレープをがつがつ食べていた。その子の母親が、僕を見て、次に子供を見て言った。『あんたたち、早食い競争でもしてるの?』」

 

VDM (Vie de merde)より



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要塞都市 その5 〜 ヴァンヌ 〜 [ブルターニュ地方]

 シリーズの最後は、コンカルノーから100キロほど南下した、ブルターニュ地方五番目の都市ヴァンヌ(Vannes)を訪ねます。

 

Paris_Vannes.jpg

より大きな地図で 要塞都市ヴァンヌ を表示

 上空から見ても、要塞の形は確認できそうもありません。どうやら壁の途中や両側に建物が数多く出来ているようです。

 でも、少し良く見ると、それらしきものがあるのが分かります。青い印から緑の印にかけて湾曲したラインが見えます。これが壁です。

 ヴァンヌは、紀元前1世紀、ローマ帝国統治時代に生まれた都市です。紀元3世紀末から要塞化が始まり、それと同時にキリスト教化も行われました。

 この時代に作られた最初の要塞は、その後1,000年以上に渡りそのままの形で町を守り続けます。手が加えられたのは14世紀になってから。町が拡大するにつれて要塞も拡大していきました。

 さらに16世紀末には多角形の堡塁が作られ、17世紀前半に要塞の拡張も実施されます。

 しかし、17世紀後半、時のフランス国王ルイ14世は、戦争の費用を工面するため、要塞の一部を売り払ってしまいます。

 また、19世紀に行われた再開発で北と西の城壁の数カ所が破壊され、世紀末には最古の門のうちの一つ監獄門(porte Prison)も壊されてしまいます。(現在は復元されている)

 これを受けて、19世紀初頭、都市の歴史的建造物の保護運動が始まります。その結果、ヴァンヌの要塞は文化財の指定を受け、保護されることになりました。

 下記ウィンドウの▶をクリックして番組をご覧下さい。(フランスのTV局TF1で2011年8月12日放送)(▶をクリックしても該当の映像が出てこない場合や、直接TF1のサイトでご覧になりたい方は→こちら

 

 モルビアン湾の北側に位置するヴァンヌは、大西洋から15キロも奥まった所にありながら、海へのアクセスも確保されています。人口は53,000人ほど。

 

 市民の保護活動の甲斐あってか、要塞の壁とともに中世の面影を残す建物が数多く残っており、絵はがきのような風景が点在しています。

 

 フィリップさんが連れて行ってくれたのは、城壁と建物に囲まれた小さな庭。ここの城壁には塔があり、塔からは城壁の外側にある港が見えます。船が着くと塔の見張り番がラッパを吹いて皆に知らせたとか。こうやって外からの侵入者に備えていたようです。

 

 この要塞都市も、毎年多くの観光客がやってきますが、ここでずっと暮らしている人も大勢います。

 

 ニコルさんの経営する食料品店はもう100年も続いています。様々なお店が軒を並べている商店街の中で、これだけ長く商売が続けて行けるのは、昔からのお得意様がいるからだそうです。

 

 要塞都市には家庭菜園もあり、ここが単なる観光地ではなく、生活する人たちの町だということがよく分かります。

 

 ここで野菜を育てているミッシェルさん。この土地を売ってくれとよく言われますが、手放す気はさらさらありません。

 

 城壁の修復は今も続いています。もう何百年も前から都市を守るため頑丈に作られた壁の修復には時間と手間がかかります。数メートルの城壁が家一軒分のような感じにも見えますね。

 

 さて、町のもう一つの取って置きのビューポイントが、ピッツェリアのテラス。ここの城壁だけが唯一個人の所有になっているそうです。

 

 要塞の中の路地を散策すれば、あちこちに中世を思わせるコロンバージュ様式(木骨構造)の家が姿を現します。その数200軒ほど。

 

 ヴァンヌはフランスでも最も暮らしやすい都市の一つになっているそうですが、古いものと新しいものがバランスよく共存しているせいかもしれません。

 

 上記地図には、番組に登場した場所の印がついています。時間と興味のある方はストリートビューでお楽しみください。

 

 

 

******** フランス人のつぶやき *******


「今日、下の通りにある食料品店で買い物をしていたら、小さな貼り紙をみつけた。『9歳になる娘レアの面倒を見てくれる感じの良い学生を求む。ベアトリスあて電話されたし……』去年レアの面倒を見たのは私だった。なんで私に連絡してくれないの????」

 

VDM (Vie de merde)より



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